STYLIST
当グループのスタッフは全員、他業種からの参入です。皆、並々ならぬ覚悟でこの仕事と向き合っています。様々なバックボーンを抱え、個性に富んだスタイリストを是非よろしくお願いします。
僕らの時代が来た
はいさ〜い! 沖縄本島から更に西に400キロ、八重山諸島は小浜島の出身!玉城一乃蔵(たましろいちのくら)と申します!
一乃蔵という名前のルーツについては、話すと長くなるので散髪中にでもどうぞ!
僕はこの「理容」という仕事が大好きです。 理容をやる為に生まれてきたと言っても過言じゃありませんっ!
近年は「バーバー」という言葉も市民権を得て、ようやく僕らの時代が来たなとニヤニヤしております。
バチっとした刈り上げ、フェードと呼ばれる見事な色調の変化、線と面を掌握しトップの毛束感との対比で魅せるギャップとバランス…。
その場で創作する完全オーダーメイド。 サービスにおいても画一的では許されません。 1人ひとりに合わせた心遣い、求められるのは究極のカスタマイズ。 理容の仕事には、技術の粋が全てが詰まっています。 とりわけ僕は他業種からの参入であり、それがゆえに余計にこの仕事の意義や素晴らしさに気付いているつもりです。
内地へ
冒頭でも述べた通り、僕は沖縄県竹富町で育ちました。石垣島を中心とた八重山諸島の小浜島という、信号すらない人口600人ほどの小島です。 朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」の舞台といえばピンとくるあなたは、だいぶお年を召されていますね。
同級生は4人、高校進学のタイミングで強制的に島を出ねばなりません。 同級生が石垣島に進学するのを横目に、酔狂を地で行く僕は意気揚々と400キロ離れた沖縄本島の高校に進学します。 親からの仕送りは無し、電気や水道が止まっても食い物にさえありつければなんとか生きていける。そんなゴキブリのような生命力であの沖縄のカオスを生き抜きました。
やがてレゲエに没頭し、ボブ・マーリーを神と崇め単身ジャマイカに渡ります。 この時期は他にも、タイ、ベトナム、フィリピン、ラオス、カンボジア、インドネシアなど手当たり次第にアジアを見て周りました。
世界中に人の営みがあることをダイレクトに感じ取り、「そろそろ自分の人生に向き合うか」というタイミングで、親から「宮古島に来い」と指図を受けます。
宮古島ではリゾートホテルで働き、ホスピタリティと忍耐力をこれでもかと鍛えられました。 精神を擦り減らしながら4年ほど勤め、やがて限界を迎えました。笑
「内地に行こう」。 そのころには、僕の目は本土へ向いていました…。
故郷は好きです。でも今の沖縄は島全体が観光地化していて、本土を含めた外資がどんどん入って来ています。 たくさん外貨を稼いでいるはずなのに、県民の収入が万年最下位なのはなぜなんでしょうね。 どうしても地元民にはチャンスが少ないように感じてしまいます。 確かに軍事産業や観光産業に島民は救われてきた部分もあるんでしょうけど…。
とまぁそんなことを思いながら、一攫千金を狙ってこの福岡の地にやってきたわけです。
福岡で不動産業に従事したことで、さっそくいろんな土地を見て回ることができました。
福岡の皆さん、気づいてます? 福岡ってめちゃくちゃいいところっすよ! メシが上手い、人が優しい、物価が安い、アクセスがいい、女性が綺麗、方言がかわいい…。 東京から離れているのにこんなに発展していて、チャンスで溢れています。
不動産業ではまた多くのことを学びました。 都市部の不動産は実需と投機が入り混じり、誰もが無理矢理マネーゲームに参加させられます。 かたや地方や農村は耕作放棄地や空き家だらけ。 土地が限られ、人口も増え続けた沖縄とはまた違った問題を抱えていることを実感しました。
理容の仕事が天職だった
一攫千金を狙って不動産業業界に飛び込み、営業の第一線で奮闘し3年が経ったころ、通っていた理容店(BARBER PLACE)の店主に、「34歳から理容の仕事を始めた当店のスタッフが辞めた」という話を聞きました。 その瞬間、弾かれるように体が反応し、やがてうずうずが止まらなくなりました。
…実は昔、バーバーを夢見たことがあったんです。美容師さんのトレンディな華やかさとはまた違う、ヴィンテージ感漂う小粋なお洒落集団…そんな生き方としてのバーバーに憧れた過去…。
理容師になりたいという夢が再燃し、思わず「雇って下さい」と願い出ていました。
訊くと、「BARBER PLACE」は日本一を目指していると。そんなデタラメな挑戦、乗らない手はないじゃないですか。
僕が思うに、理容の仕事の優位点は、「"技術"と"顧客"を蓄積していくこと」にあると思っています。 お客様は繰り返し来店してくれるので、その場限りの関係ではありません。 だからこそ、嘘をつくことなく真摯にお客様に向き合うことができます。 技術と信用を積み上げ、それが財産になる。 様々なサービス業に携わってきからこそ、この尊さに気付けたのかもしれません。 僕の天職は理容師だったみたい。
さて、僕はこれからバーバースタイリストとして唯一無二の存在になりますよ!
当店主も「玉城一乃蔵が参画したことは、BARBER PLACEにとって大きな布石になる。」と予言しています。 正にその通り! 僕の理容師としての挑戦と、【BARBER PLACE】の業界への挑戦は一本線で繋がっている!
そして、故郷を離れたときに誓った、一攫千金を掴む夢…。 全部叶えるからな!
夢はサッカー選手
ガッツと愛嬌の大石です!
学生時代はサッカー、サッカー、サッカー。
寝ても覚めてもサッカー。本当にサッカーに夢中だったので、勉強することを忘れていました。笑
しかし、高校に上がる頃には感覚的に気付いていました。
私は将来、プロサッカー選手にはなれないと…。
なるほど確かにプロスポーツの世界はフィジカルという天賦の才がモノを言うあまりにも一握りの世界です。
どっこい、プロサッカー選手にはなれなかったとはいえ、男として生まれてきた以上は何者かにはなりたい。
とことんバカな私は、「とにかく稼げる男になろう」= 「社長になろう」と考え、さっそく様々な経営者の方に話を聞きに行きました。
するとどの経営者も、「営業職に就きなさい。あえて厳しい環境に身を置くのが賢明だよ」と仰います。
営業職は、将来どんな仕事をするにしても、役に立つ能力が手に入るのだと…。
そして同時に悟りました。今の私の熱量、能力では所詮、何者にもなれないと。
サッカーが無理なら経営者だと息巻いてみても、やはりそこも一握りの世界。
憧れているだけの私では、到底なれるものではないのです。
何より、私自身がイメージ出来ていなかった。
サッカー選手のときもそう。なれないと"決めた"のは自分自身なのです。
自分自身が信じられなくなった瞬間に、夢は瓦解する。
どうやら、「なれる」「なれない」と「信じる」「信じない」は、ほとんど同じであるようです…。
言われた通り、営業職で自分を磨こう。
まずは百戦錬磨の営業マンになる。
ガッツと愛嬌の大石です!
改めまして、大石ユウマと申します!
元営業マンとして培った“聞き力”を活かして、一人ひとりに似合ったスタイルをしっかり提案させていただきます!
ただ髪を切るだけじゃない。
来てよかった、また来たい。
そう思ってもらえるよう、精一杯施術します!
安定を捨てて飛び込んだこの世界。
中途半端な気持ちは一切ありません!
正直、見返したい人達もいます。男らしく、結果で示していきます!
これからもっともっと、技術も人間力も磨き上げ、唯一無二のバーバースタイリストになってみせます!
お客様には、その過程をお楽しみいただけたらと存じます!
大石、成り上がる所存です。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
もっと困難な道へ
さて、自動車販売の営業職に就いた私は、初年度から新人賞を受賞し、順風な社会人生活のスタートを切ることができました。
車は移動手段であるだけでなく、人によってはステータスでもあり、目標でもあり、そして家族や恋人や友人との思い出そのものです。
そんなかけがえのない体験を、お客様と深く関わりながら提供できることに喜びを感じていましたし、何より私自身が車を愛していました。
しかし…好調も長くは続きませんでした。
少しずつ、結果が出せなくなっていきます。
営業職の仕事は売ることが本分。売らねば存在価値はありません。
目一杯、お客様に寄り添い、相対し、足を使って接遇しましたが、時間に終われ、焦って空回り…。
そうして数字に追われるうち、いつしかお客様に車を売ることが辛くなってしまいました。
自分はこのままでいいのか。
本当に”何者”かになれるのか…
毎日自問自答していました…。
その暗中模索状態の私を、通っていたヘアサロン「バーバープレイス」の店主は、「理容師として採用したい」と誘われたんですね。
最初はとても驚きました。自分が理容師なんて1ミリも想像していなかったですし。笑
話して行くうちに、理容師の職業としての魅力、自分の未来の姿を想像し、ワクワクしました。
しかし一方で、店主には悪いのですが、大手自動車販売会社勤務という安定を手放して、実家から徒歩10分のベンチャースピリット溢れた名もなき地元理髪店に入社するという暴挙が、果たして正しい選択なのかは全くもって計りかねるというもので…
だけどもし会社を辞めるのなら…
つまり自動車販売からしっぽを巻いて逃げるという選択を取るのであれば…
今よりもっと困難な道を進まないと、私は私でなくなる気がしたのです…。
そうして私は安定を捨ててバーバーの世界に飛び込みました。
私はまだ諦めていません。
私の「何者かになる」道のりはこれからなのです。
私の将来を信じてくれない人がいたとしても、私が信じているのです。